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成長し続ける努力家、長友佑都の言葉

こんばんは、ナッツです!

W杯がなかなかの盛り上がりを見せているようですね!

厳しい状況ではあるかもしれませんが、選手たちは諦めるなんて

言葉はありません。

この逆境をはねのける心の強さがあるからこそ彼らはアスリートで

ありプロの世界で戦えるのでしょう。

以前、本田圭佑選手のことを書きましたが、同じように長友佑都選手

の言葉も好きなので今回はそちらを紹介します!

諦めない思いを日本へ届けたい

僕は豊かな才能を持ったサッカー選手じゃない。だからこそ、人の

何倍も努力しなければ、上へはいけない。僕から努力をとったらなにも

残らない。

”努力する才能”とは、努力することを躊躇わない勇気でもある。「こん

なことやっても意味があるのか?」「このへんでええかな」そんな弱い

心を振り切り、挑戦する気持ちが大事なんだ。もし壁にぶつかっても

強い気持ちがあればまた這い上がれる。

人間には無限の可能性が秘められている。だからこそ、誰もが夢を持ち

それを実現させようと頑張れる。何を頑張るかと言えば、まずは自分と

いう人間を磨くことだと僕は思っている。諦めず、妥協せず、挑戦する

勇気、努力を惜しまない姿勢。

チャンスに向かってジャンプし、位付き、絶対に離さないための準備を

毎日やっている。たとえすぐにはうまくいかなくても、努力した時間は

無駄にはならないし、その努力が活きるときは必ず来る。努力は裏切らない。

いい流れもあれば悪い流れもある。山あり谷あり、それが人生だから。どん

なときも感謝の気持ちを忘れずにいたい。

ボールを追いながら、さまざまな出来事に立ち向かい、壁を前になにをすべき

か考え、挑戦し続けてきた。妥協することを嫌い、自分を追い込んできた。

だから僕は学んだ。努力すれば、必ず成長できる。

世の中凄い人の情報はありふれているが、そこには必ず「才能」という言葉が

付きまとっている。僕はこの言葉はあまり好きではない。

安易に才能という言葉を使う人は、その人が見えないところで努力し続けてる

という部分を全く考えようとしていない気がするからだ。

世の中で活躍するすべての人々は必ず努力し続けている人たちだ。例外はない。

皆色々な思いで努力し続け、壁にぶち当たってはそれを乗り越えてきたからこそ

活躍し続けているのだ。

その影の努力を「才能があったから」という言葉で片づけてしまうのは、あまり

にも彼らに失礼だと思う。

最近あった少し変わった出来事

最近ブログで収益を上げている、という人と少し話す機会があった。

何か有益な情報でもあればと思い、電話で話をしました。

やはり文章にする方が整理が付けやすいので思ったことを書く。

その人はドラッグストアで働いている恐らく僕より少し若い人だろう。

長時間勤務と理不尽な待遇に疲れ、ブログを書き始めたようだ。

90記事ほど書いたところで思うように収益が上がらないことに悩み、SNSで

収益を上げている人に騙されること覚悟でコンタクトをとることにした。

その人からブログをビジネスとして捉えたやり方を教わり、物を売るとは

どういうことかを考え、コピーライディングの技術や自分のコンテンツを

買ってくれそうな人の集客方法などを学び少々ながら以前より収益をあげれ

るようになったようだ。

そして「収益をあげている人から教わる」というのが大切であると言っていた。

ブログをビジネスと考え、収益を上げることを目的としているなら間違いはない。

僕もブログを書き始めてしばらく経つし、収益をあげたいと思う気持ちは

もちろんある。しかし何か違う、もう方向性が違うのだと思った。

書き続けてきたブログ、その数は100以上、しかし収益がなければその書き続けた

ブログは「無駄なもの」なのか?そうではない、ブログを書くために学んだ

知識は全て血となり肉となっている。

ぶっちゃけ収益、お金を稼ぐことが目的ならば、普通に時給で働いたり、会社に

所属して働くことほど効率的で楽なことはないと思う。

ブログを書いて収益を上げるのは将来性はあるかもしれないが即効性はなく、

非効率的でもある。

それでもブログで収益をあげたいと思うのは、会社に所属して働く以上の価値

があると思っているからだ。それは時間であり、学びであり、自由であり、

自分の考えを発信し続けられる場所でもあり、楽しみでもある。

しかしそこをビジネスという視点で捉え、人の言うことを聞き、自分のやり方

を変えてしまってはそれは会社に拘束されることと同じではないだろうか。

お金を第一に考えてしまうと、楽しく続けていたことも途端につまらなく

なってしまう。お金のために働いても幸せにはなれない。

お金はあくまでも「選択肢を増やす手段」に過ぎない。

人を幸せにしてくれるのはやはり「夢」であり、「人の役に立つ」ということ

なのだ。

その夢とは、社会の中で語られる一般的な物ではない。

いい大学に行ければ幸せか?

上場企業に就職できれば幸せか?

家を買えば幸せか?

結婚すれば幸せか?

良い車に乗れれば幸せか?

合っているようで間違っている、そうではない、「お前の夢はなんなんだ?

お金があれば幸せになれるなんていうのは社会が生み出した幻想にすぎない。

そしてよくよく突き詰めると、お金がなくても叶えられる「自分の夢」と

いうのは結構あることがわかった。僕は今、例え収益が上がらないブログを

書いていたとしても幸せを感じている。

自分のやりたいことをやりたいように少しずつやっているからだ。

そしてブログをビジネスとして捉えない、物やコンテンツを売るということ

を目的としないブログには「価値」がないとも、「収益があげられない」と

も全く思わない。

世の中に溢れる価値とは例え真逆の方向を向いていても、そこには新たな

価値が必ず生まれるものだ。